日本語ラップ、さようなら ―陽の当たる場所へ―

スポンサーリンク

これは2014年10月に公開した記事です

ここで書いたことは感覚的に一昔前のことで、フリースタイルダンジョン・ブームもあったり、HipHopを取り巻く環境も私自身もずいぶん変わったので、新しいブログに再掲はしなくていいかな、と考えていました。

でもこれを公開したとき、おそらく当時の現場で同じような思いをしたと思われる人たちから好意的な反応をいただいたのが嬉しかったので、その記念の意味でこちらに載せることにしました。

あの当時、私と同じように現場で疎外感を感じた皆さん。20年か30年後に、お酒片手に当時の現場の悪口を思いっきり言い合いましょう!

そして、そのときに好きな音楽について、熱く語り合いましょう^ ^

プロレスとHipHopの共通点

先日、家で話題に出たプロレスとHipHopに共通するものの話がなかなか面白く、思うこともあったので、これも何かの縁とここに書き留めておくことにした。

あくまでも一個人の見方なので、特に前半のプロレス部分には違和感を持つ方もいるかもしれませんが、ご容赦いただければ幸いです^^;
------------------------
私の連れ合いの見立てによると、プロレスにおけるアントニオ猪木と日本のHipHopにおけるキングギドラが果たした役割は似ているらしい。

1951年にデビューした力道山が大衆を熱狂させたプロレスは、その後時代と共に停滞の兆しを見せ始める。

そんなときにアントニオ猪木が提唱したのが、プロレスこそが全てのスポーツの頂点であるという「ストロングスタイル」だった。
プロレスはShowではなく、格闘技だと定義付けたのだ。

他にメジャーな格闘技が無かった当時において、この作戦は見事に観客の心を掴み、プロレスは黄金期を迎える。

しかしK-1やPRIDEなどの総合格闘技が台頭してくると、プロレスは内に秘めていた矛盾と限界が露わになっていき、人気が低迷。

現新日本プロレスのエース・棚橋弘至の決め台詞「愛してます」は、そんなプロレス冬の時代に北海道で行った興業が盛り上がり、「今はこんなに下火になってしまっているけれど、それでも僕は新日本プロレスを愛しています」と噛みしめるようにマイクパフォーマンスしたことに由来している。

(だから最初は今のようにバカっぽくなかったと、ご本人が言ってました(笑)。彼のアサ芸プラスに載ったインタビューも面白いです。)

キングギドラは日本にHipHopが入ってきたばかりの、国産ラップが鼻で笑われていた時期に、初めて日本語でのライミングのかっこ良さを示すという、偉大な功績を残した。

しかし彼らは同時に、HipHopとは生死を賭けたタフな音楽であり、その最高峰は発祥の地・ニューヨークのHipHopである、という価値観をも持ち込んだ。

かくて日本のHipHop業界には、TVというマスメディアに出たラッパーを「こいつはワック(HipHop用語でダサい、偽物、まがい物等の意味を持つ)だ」と蔑み、アイドルが下手なラップをした日には、お前らが軽々しく手を出していいシロモノじゃないとイライラする、という風潮が生まれることになる。

しかしそれはHipHopを枠に当てはめてしまうことでもあり、その後のシーンの停滞を招く一因にもなってしまった

ニューヨーク至上主義がもたらしたもの

そんな、高校生の頃にHipHopと出会い、数あるニューヨークのクラシックもしっかり通ってきている連れ合いの話を聞いて、ふと思うことがあった。

私は実は、HipHopにそんなに思い入れは無い。それどころか、普段会う人には聞いていることを隠すようにしている。

やっぱりHipHopは「Yo!」「チェケラ!」などのキャラが立ち過ぎていて、聞いていると知られるのが恥ずかしいのかな~(笑)とぼんやり思っていたけど、どうもそうではなさそうだと気がついた。

私はまさにキングギドラが持ち込んだニューヨーク至上主義の価値観に、疎外されてしまっていたのだ。

この「ニューヨーク至上主義」は、単にそれを最高のものだと崇めるだけでなく、それを知らないやつは聞くなという空気まで作り出していた。

だから音源を聞いて惹かれ、いざライブに行ってみると、「こんなことも知らずに来たのか」といった洗礼を浴びるという、何しに行ったのかわからない思いをして帰ることが何度かあった。

他ならぬライブという場所で植え付けられた私の疎外感と苦手意識は、やはりそれなりのものとして心に残り、結果、そんな音楽はこっちから願い下げだ!となって無理やり距離を置こうとした。

まぁそれならそれでいいと、今も思っている。他にも素晴らしい音楽は、それこそ聞ききれないくらいあるわけだし。

でもそう思っている一方で、息を潜めながら一部のHipHopを聞かずにはいられない自分もいた。それは何故か。

救いのHipHop

私はSoulやR&Bが好きだ。美しいメロディや歌声に触れたときに包まれるあの幸福感は、他の音楽には無いたまらなさがある。

あるいはエレクトロニカを聞いて心身を委ねたり、アフリカの音楽を聞いて壮大な大地に思いを馳せたりする。

でも、毎日を送る中で感じる言葉にならないモヤモヤした思いや、言いようのない憤りを一番えぐってくれるのは、やはり他ならぬ今の日本のHipHopなのだ。

それはブルーハーブ般若NORIKIYOといった有名どころから、山口県のラッパー・BUPPONだったり、Michitaの曲に参加したMOUTHPEACEの「本当の事は歌の中にある」だったり、もはや若い会社員の代弁者のようになりつつある狐火だったりと、挙げていけばキリがない。

あぁ、昔千葉で一度だけ見たラッパー・キャスパーエースも良かった。

全員には必要ないけど、どこかの誰かには絶対必要な音楽」とは、“出れんの!?サマソニ”審査員だったダイノジの大谷が狐火を表現した言葉だけど、これはそっくりそのまま、今の日本のHipHop全体にも当てはまるのではなかろうか。

一昔前の、「俺が一番ヤバいラッパーだぜ」一辺倒だった頃とは違い、今はいろんなアーティストがそれぞれの言葉で、自分の置かれている状況の中でもがき苦しみ、それでもなんとか前を向いて生きていこうとする姿勢を歌っている。

きっとどの人にも、その人に合ったHipHopが見つけられるんじゃないかと思うほど、今のシーンは面白い

黄金期もきっと間近

黎明期からバブル期を経て、その後長い冬の時代を迎え、それでも諦めずに努力し続けた人たちが、ここにきてクラブという、ある種閉ざされた空間から、ライヴハウスという、よりオープンなスペースに活動の場を広げつつある。

その大きなムーブメントを牽引しているのがブルーハーブであり般若だと思うのだが、いずれにせよ、シーン全体が円熟してきている印象を受ける、昨今の日本のHipHop業界。

本当の意味での黄金期も、そう遠くない未来に待っているような予感さえある。

そんな流れの中で、ようやく私も自分の苦手意識に向き合うことができ、禊の意味も込めてこれを書くことにした。

今はまだHipHopが好きだと明言できない私でも、近い将来言える日が来るんだろうか。あーそんな日を想像するだけで、なんだかニヤニヤしてしまう^^

まぁそうは言っても、毎日聞いている音楽のほとんどがそれなのですが(笑)。

※今回の記事に貼るビデオは、これを書いているときに聞いて泣いた、田我流の「あの鐘を鳴らすのは、、俺」に決めていた。

ところがなんとYoutubeに無いっ!も~絶対これにしようと思ってたから、すごいショック。。しくしく…

ので、「あの鐘を~」を聞く前に候補に挙がっていた、キングギドラのメンバーであるK DUB SHINE(ケーダブシャイン)と、今最も勢いのある若手・AKLO(アクロ)とSALU(サル)という3人の共演が、日本のHipHopの変遷を凝縮しているようで面白い、AKLOの「RGTO」を貼っておきます。

しかし返す返すも残念。。

できる人はぜひ、リリックの内容以上に田我流が曲に込めた“思い”に激しく心を揺さぶられる「あの鐘を鳴らすのは、、俺」を聞きながら読んでもらえると、大変光栄です!

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA